大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)22822号 判決

原告

後藤吉央

右訴訟代理人弁護士

内藤義憲

被告

高木妙子

右訴訟代理人弁護士

岡田弘隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、賃借中の建物が焼失したため賃借権を喪失した原告が、これによって賃借権価格である九一〇六万円相当の損害を受けたとして、右建物の所有者である被告に対し、民法七一七条一項に基づく損害賠償請求権に基づき、右損害の内金五〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一争いのない事実

1  被告は、昭和五九年六月二〇日当時、東京都台東区上野二丁目六七番地所在の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建建物一棟(本件一棟の建物)を所有していた。

2  原告は、右当時、本件一棟の建物のうち西側部分の建物(床面積一、二階とも各26.44平方メートル、以下「原告の賃借建物」という。)を、被告から賃借し、同所でレコード店を経営していた。

3  本件一棟の建物のうち東側部分の建物は、漆原宣和(漆原)が賃借使用していた(以下、「漆原の賃借建物」という。)。

4  昭和五九年六月二〇日、漆原の賃借建物から出火し、本件一棟の建物は全焼した(本件火事)。これによって、原告は、原告の賃借建物に対する賃借権を喪失した。

5  原告と被告間には、本件の原告を「被告兼反訴原告」、本件被告を「原告兼反訴被告」とする当庁昭和六一年(ワ)第一一二四七号建物明渡請求本訴、同反訴事件があり、この反訴事件において、本件の原告は、本件の被告に対し、賃貸借契約の債務不履行又は民法七一七条一項に基づき、本件火事により原告の賃借建物でレコード店を営むことができなかったことで受けた二年間分の得べかりし利益の損害賠償として七二〇万円の支払を求めた(この反訴事件のうち民法七一七条一項に基づく損害賠償請求を「前件」という。)。

原告と被告間では前件の請求を棄却する判決が既に確定している。

二争点及びこれについての当事者の主張

1  本件請求は、前件と訴訟物が同一であるか否か。

(一) 被告の主張

本件も前件も、原告が、本件火事を理由に建物の所有者である被告に対し、民法七一七条一項に基づき損害賠償を求めるものであるから、その訴訟物は同一である。

(二) 原告の主張

本件は前件と被侵害利益や損害の種別項目を異にするので、訴訟物は同一でない。数量的に可分な請求の一部についての既判力が残余に及ばないのであるから、被侵害権利や損害の種類が異なるときは尚更である。

また、前件では、本訴として、本件の被告が、原告の賃借建物の滅失により右建物の賃貸借契約が終了したとして本件の原告に対し建物明渡しを請求したので、原告はこれを争い、建物が滅失して賃貸借契約が終了したか否かが争点となっていた(この事実は〈書証番号略〉により認められる。)。したがって、本件の原告は、前件の時点では、賃借権を喪失したことによる損害を想定してはいなかった。

2  右1で訴訟物が同一であると認められない場合、前件判決のいわゆる争点効が本件に及ぶか否か。

3  右1、2がいずれも認められない場合、原告の損害賠償請求権は時効消滅したか否か。

(一) 被告の主張

原告の被告に対する民法七一七条一項に基づく損害賠償請求権は、民法七二四条により、本件火事の発生から三年を経過した昭和六二年六月二〇日の時点で時効により消滅した。

(二) 原告の主張

原告は、火元となった漆原の賃借建物の占有者である漆原に対し、民法七一七条一項に基づく損害賠償請求訴訟を提起したが、平成四年一一月六日にされた上告棄却の判決により、同項但書を理由に同人を免責する旨の請求棄却の判決が確定した。原告はこの時民法七二四条にいう「損害及び加害者を知った」から、消滅時効の起算日はこの時点である。

4  右1ないし3がいずれも認められない場合、被告は、民法七一七条一項により原告に対し、本件火事による損害を賠償すべき義務を負うか否か。

(一) 原告の主張

本件火事の原因は、漆原の賃借建物の屋内電気配線が老朽化して被覆が損傷し、露出した芯線が金属管に接触したため短絡して被覆に着火したことにあるところ、この屋内電気配線は、民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たる。

(二) 被告の主張

争う。

第三争点に対する判断

一争点1について

不法行為に基づく損害賠償請求権の個数は、同一当事者間での紛争の蒸返しを避け紛争を一回的に解決することの必要上、特段の事情のない限り、被侵害利益の性質や損害の種別項目ごとによるのではなく、一つの社会的事件を単位として判断するのが相当である。

そこで検討するに、本件と前件とは、いずれも本件火事により原告の被った損害の賠償を被告に求めるもので、社会的事件としては一つである。また、原告の賃借建物の焼燬という結果は本件火事の時点で既に発生しており、これが建物の滅失に当たるか否かは評価の問題にすぎない。原告は、前件において、仮定的に建物の滅失により賃借権を喪失した旨主張し、この損害につき損害賠償を請求することで紛争の一回的解決を図ることができたのであり、これを妨げる事情が存在したと認めることはできない。

また、本件は数量的に可分な請求の明示された残部請求であるとも認めるとはできない。

したがって、本件は確定判決を経た前件と訴訟物を一にし、一事不再理の原則に違背すると認められる。

二よって、本件請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官畑中芳子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例